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[コメント] 2017-12-09 14:17

No.128 ふるさとの物語 第31回 「火砕流台地」~2度の巨大噴火で堆積~

ふるさとの物語 第31回 「火砕流台地」~2度の巨大噴火で堆積~

写真に写っているのは、左下が青森市の雲谷(もや)地区、中央は合子沢(ごうしざわ)地区で、県防災ヘリコプター「しからみ」から撮影した。左上には、南八甲田の峰々がかすんで見えている。
 地形に注目すると、緩やかに傾斜した平坦面を川が浸食して、深い谷が形成されている。左から右下方向に谷をつくって流れているのは合子沢川、右上から下に向かって合子沢川に合流しているのは品ノ沢である。この平坦面は、八甲田火山群の八甲田カルデラから流下した火砕流が厚く堆積してできた火砕流台地で、堤川から駒込川にはさまれた北八甲田の北麓に広がっている。火砕流は、およそ76万年前と40万年前の巨大噴火によって発生し、青森市鶴ヶ坂でも1回目の火砕流堆積物が10mを超える厚さで確認できる。青森平野では、地下にこれらの堆積物が埋もれている。
 巨大噴火によって陥没した地形をカルデラといい、八甲田カルデラの一部は田代平として残っている。

※この記事は2017年11月 2日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 島口 天

[コメント] 2017-11-06 16:04

No.127 ふるさとの物語 第30回 「正津川」~あの世とこの世を結ぶ~

ふるさとの物語 第30回 「正津川」~あの世とこの世を結ぶ~

むつ市恐山の宇曽利山(うそりやま)湖から、海に向かって流れ出すただ一つの川が正津(しょうづ)川である。北流して津軽海峡に注ぐ。
霊場恐山への参詣は、田名部からの道が一般的であるが、船で下北北通りの港に着き正津川沿いをたどるコースもあり、よく使われる道だったという。
 寛政4(1792)年の旧暦10月下旬、菅江真澄は田名部に向かう途中、海岸の正津川村に入り、この川を渡っている。川端には姥堂(うばどう)があって、上流から流れてきた奪衣婆の像を祀っていることや、正津川の古い名を三途(さんず)川というと日記に記した(「牧の冬枯」)。あの世とこの世の渡し口で死者の衣を取りあげて、その者の罪を調べるのが奪衣婆であるが、もう疲れたので、これからは出産を助け病気を防ぐことにしようと、この地に流れ着いたという伝説もあるらしい(『大畑町史』)。
 現在、姥堂は優婆寺(うばじ)となり、女性たちからの厚い信仰を集めている。恐山参詣前の禊ぎ場でもあり、異界への境として意識されてきた面がうかがえる。

写真:恐山の三途川(正津川)
※この記事は2017年10月26日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 古川 実

[コメント] 2017-11-06 16:03

No.126 ふるさとの物語 第29回 「ルリヒラタムシ」~樹皮下に潜んで生活~

ふるさとの物語 第29回 「ルリヒラタムシ」~樹皮下に潜んで生活~

昆虫の体形は,頭部・胸部・腹部に明瞭に大別される.頭部には触角,口器,複眼と単眼等,胸部には脚と翅等,腹部には呼吸器官等が発達している.さらに,その体形は昆虫の各グループによって特有である.種類によっては目を見張るような体形を獲得しているものもある.
鰺ヶ沢町赤石川や十和田市奥入瀬川の上流には豊かな手つかずのブナの原生林が広がっている.多くの倒木や朽木が自然のままで残されている.注意深くブナ林の枯れ木を見て回ると,運が良ければ見慣れない特異な扁平な体形の甲虫が,樹皮が剥がれた樹幹を足早に歩いているのに遭遇することがある,ヒラタムシ科の仲間である.
ヒラタムシ科の甲虫は,名前のように幼虫・成虫とともに多くは他の昆虫には見られない驚くほど扁平な体形で,朽木の樹皮下で生活している種類が多い.ヒラタムシ科には上翅が赤色のベニヒラタムシ,エゾベニヒラタムシ,青藍色のルリヒラタムシや小型のヒメヒラタムシ,ルイスチビヒラタムシなど国内からは約二〇種類ほど知られている.
 ルリヒラタムシの体は黒色で.上翅だけが光沢のない青藍色である.体長も25ミリメートル前後もあり,ヒラタムシ科の中では最大の大型種である.豊かな自然が残されたブナ林などの,高地の落葉広葉樹林に生息する山地性の甲虫である.成虫のままで越冬する.成虫・幼虫ともに樹皮下に潜んでいる昆虫類を補食している.扁平な体は,樹皮下での移動に,更に餌を追跡するのに適している.樹皮下に潜んで生活しやすい体形である.
 北海道から九州にかけて分布するが,生息場所が樹皮下と発見が困難で,全国的に個体数の少ない種類で絶滅危惧種に指定している県もある.青森県では白神山地,八甲田山系などのブナ林で確認されていて,特に危惧種には指定していない.
 本種の扁平な体形は,その生活様式と密に関係している一例でもある.

写真:ブナ林のルリヒラタムシ
※この記事は2017年10月19日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 山内 智

[コメント] 2017-11-06 16:02

No.125 ふるさとの物語 第28回 「花田陽悟作『渓流の秋』」

ふるさとの物語 第28回 「花田陽悟作『渓流の秋』」

十和田市を流れる奥入瀬川。その渓流は、本県を代表する景勝地の一つである。変化に富む流れ、四季によって鮮やかに姿を変える木々が織りなす風景は、多くの芸術家達を魅了してきた。挑戦の対象となってきた、と言ってもいい。ある県人洋画家は「奥入瀬を描き続けてきたが未だ会心の作がなく、一生取り組んでいきたい」と語った。一筋縄ではいかない相手である。それだけに、多様な描き方があり得る。
花田陽悟氏の描く秋の奥入瀬は、光に満ちたものだ。陽射しが幹に明快なコントラストを投げかけつつ、葉には緩やかな階調を与えている。透明感のある色遣いながら、繊細な彫りは画面に確かな奥行きを生み出している。花田氏は青森県や市の要職を務める傍らで版画制作に取り組んできたが、その作品は決して余技ではなかった。現在も日本板画院の委員として活躍している。
深浦町美術館で開催中の県立郷土館連携展「花田陽悟展-四季の眺め-」(10月22日まで)では34点の作品を展示している。芸術の秋にぜひご覧になってはいかがだろう。

写真:花田陽悟作の木版画「渓流の秋」
※この記事は2017年10月12日付の東奥日報朝刊に掲載しました。
※花田陽悟展は終了しました。

投稿者:学芸課 和山大輔

[コメント] 2017-11-06 15:59

No.124 ふるさとの物語 第27回 「90年前の航空写真」~青森市街の様子伝える~

ふるさとの物語 第27回 「90年前の航空写真」~青森市街の様子伝える~

この写真は昭和2(1927)年の堤川左岸地域(現堤町付近)を写したもので、写真上方向が北である。右上を斜めに流れる堤川には、河口に近い上から順に当時の石森橋、青柳橋、旭橋が確認できる。
この地域は明治末以降、文教地区として発展した。中央に写る複数棟の建物は、青森県立青森高等女学校と青森県女子師範学校で、現在はここにリンクステーションホール青森(青森市文化会館)が建っている。また、道路を挟んだ右隣が青森県女子師範学校附属小学校と同附属幼稚園で、現在の青森中央郵便局周辺地域である。
一方、左上から斜め下方向に伸びる道路と水路は浦町停車場線(現平和公園通り)で、写真下方向には旧東北本線の浦町停車場があった。この道路は、甚大な被害をもたらした明治43(1910)年の大火の後、火災時の東西延焼を防ぐ防火線として幅約18mに拡張整備されている。
この他、寺山修二がのちに一時期身を寄せた歌舞伎座(左上隅の大きな三角屋根の建物、現モルトン迎賓館の地)や、莨町尋常高等小学校(上端の複数棟の建物、現莨町小学校)なども確認できる。90年前の青森市街の様子を伝える興味深い写真である。

写真:裏面に「昭和弐年弐月四日撮影 航空写真 青森市一部」と記された航空写真(当館蔵)
※この記事は2017年10月 5日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 滝本 敦


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