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[コメント] 2019-03-15 10:13

No.187 あおもりの物語 第90回「便所の神秘的な力」~最も汚い=最も神聖~

あおもりの物語 第90回「便所の神秘的な力」~最も汚い=最も神聖~

当館で開催された企画展「新説!白神のいにしえ-津軽ダム建設に伴う発掘調査成果とともに-」(企画展は好評のうちに終了しました)では、西目屋の民俗を採録した『砂子瀬物語』を紹介した。この本には「ヘンツ(便所)の掛けムシロを煎じて飲めば腹が強くなる」という伝承が記されている。むしろ腹を壊しそうな民間療法である。1908(明治41)年の弘前新聞には、眼病の治療のために便所の汚水を両目に注入したところ、失明しかけたという記事もみえる。
こういった行為の背後には、最も汚いものは最も神聖なものに通じているという民俗宗教的な観念が見え隠れする。汚穢な便所の持つ神秘的な力(聖性)にあやかろうという意識である。
数年前、つがる市の女性から、古い便器5点を当館に寄贈したいという申し出があった。親から「便器は捨てるものではない」と戒められ、処分できず困っていたのだという。確かに、便器を捨てるときには梅と葦(ヨシ)を入れて「埋めてよし」とするなどの特別な手続きが必要だとする俗説がある。
一方、「便器を買うときは菓子や果物を入れよ」という言い伝えもある(『津軽口碑集』)。これは便所の穴を通じた、聖なる世界に住む神々への贈り物と捉えることもできる。便所は異界との接点であった。

※写真:県立郷土館に寄贈された便器の数々
※この記事は2018年12月20日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 増田公寧

[コメント] 2019-03-15 10:11

No.186 ふるさとの物語 第89回 木版画「秋色の白神山地」~深山幽谷 多色で表現~

ふるさとの物語 第89回 木版画「秋色の白神山地」~深山幽谷 多色で表現~

白神山地は1993(平成5)年日本で初めてユネスコ世界遺産(自然遺産)に登録された。人の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が世界最大級の広さで分布している。この木版画は、西の笹内川、東の追良瀬川に挟まれた尾根のあたりから描かれた。南方遠くに望まれる白神岳、向白神岳を深い青で表し、眼下に広がる樹海をブナや広葉樹らしい秋色に彩っている。手前には枯木立とススキを配して、深山幽谷の白神山地を表現している。
作者の加藤武夫(昭和5~平成24年)は、青森市出身で、本県を代表する木版画家の一人である。この作品のように、多色木版画の技術の高さに裏打ちされた華麗な色使いが特色で、青森県の四季折々の風景を数多く描いてきた。

※図版:加藤武夫「秋色の白神山地」(1999年、多色木版画)
※この記事は2018年12月13日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 中村理香

[コメント] 2019-03-15 10:10

No.185 ふるさとの物語 第88回「シッポゴケの仲間たち」~この尻尾 何に見える?~

ふるさとの物語 第88回「シッポゴケの仲間たち」~この尻尾 何に見える?~

コケ植物は県内にどれくらい分布しているのか。記録があるだけでも600種を数えるが、毎年新しい発見があるので、今後、数十種くらいは増えるかもしれない。
 数多いコケ植物の和名(日本名)の中に頻繁に出てくるのが、動物の尻尾に見立てた名前だ。ネズミノオゴケ(鼠の尾蘚)写真①は、ネズミのかわいい尻尾にそっくりだ。写真②のオオトラノオゴケ(大虎の尾蘚)は、ずいぶんと勇ましい名前だが、だんだんそう見えてくるのが不思議だ。めでたい動物では、フトリュウビゴケ(太龍尾蘚)写真③がある。形が龍の尻尾のようだというが、そう言われて見れば、茎を覆っているふくらんだ葉の一枚一枚が龍の鱗にも見えてくる。その他に、キツネノオゴケ、イタチノシッポ(ヒノキゴケの別名)というものもある。
 しかし、なんといっても、尻尾形コケの本家は、その名も「シッポゴケ科」であろう。シッポゴケ科はとても大きなグループで、その中に24もの属を含んでいる。その属の一つに、ずばり「シッポゴケ属」というのがあって、構成種の和名がほとんど「…シッポゴケ」で終わる。二十種ばかりを含むこの属の筆頭が、ただの「シッポゴケ」写真④である。ふさふさとして、見るからに優雅なこの尻尾が、私は大好きだ。あなたには、この尻尾が、何の尻尾に見えるだろうか。

※この記事は2018年12 6日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 太田正文

[コメント] 2019-03-15 10:09

No.184 ふるさとの物語 第87回「漆濃し布」~「アサ」と特定 希少例~

ふるさとの物語 第87回「漆濃し布」~「アサ」と特定 希少例~

縄文時代晩期になると、土器や木器・樹皮製品などの道具や装飾品を赤や黒で彩る漆器・漆製品が他の時期に比べ圧倒的に多い。塗料はウルシの木から採取した樹液に赤色や黒色の顔料を混ぜてつくられ、色を作りだすまでにはいろんな加工手順がある。
「漆濃し布」(うるしこしぬの)はその加工過程で、漆液をこしてしぼり、不純物を取り除いた「生漆」を作るための道具である。これまでも亀ケ岡遺跡(つがる市)などからも出土しており、布の素材にはカラムシ・イラクサ・アカソなどが候補として挙がっていた。最新の調査では西目屋村川原平(1)遺跡の漆濃し布の素材は「アサ」であることが判明した。それも2点。「アサ」と特定された布は全国的に数少なく、新たな発見である。
※西目屋村の川原平(1)遺跡(縄文晩期)から出土した漆濃し布(県埋蔵文化財調査センター蔵)
※この記事は2018年11月29日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 杉野森淳子

[コメント] 2019-03-15 10:07

No.183 ふるさとの物語 第86回「ムラの岩木山」~里山を本山に見立てる~

ふるさとの物語 第86回「ムラの岩木山」~里山を本山に見立てる~

青森県津軽地方の霊山岩木山(標高1625メートル)はひとつだけではない。かつては津軽各地にも複数の「岩木山」があった。それらは、岩木山本山から遠い地域の人々が、ムラ近くの里山を「岩木山」に見立てて岩木山神を勧請し、本山の代わりにお山参詣などの登拝行事をした里山である。
例えば、五所川原市脇元集落「靄山(もややま)」、鰺ヶ沢町米町「日和山(ひよりやま)」、今別町大泊集落「岩木山」、同町大川平集落「岩木山」、外ヶ浜町磯山集落「岩木山神社」などがある。最も興味深いのは外ヶ浜町蟹田では、かつて南沢、外黒山、上小国、下小国、山本、大平等の各集落が、それぞれ里山を岩木山と見立てて、写真のような小さな岩木山神像を建立して独自のお山参詣を行ってきた。ある集落では、明治期に伝染病のため本山に参詣できないので代わりに岩木山神を勧請したのだという。
これらの山々を研究者達は「模擬岩木山」と呼んで調査した。昭和期には北海道室蘭市にも複数の岩木山が造られた。実は同じような習俗は、関東地方の富士山への信仰にもあり、人々が近くに小さな富士山の模型「富士塚」を造って祭祀している。

※写真:模擬岩木山の岩木山神像、外ヶ浜町下小国、平成3年頃、筆者撮影
※この記事は2018年11月22日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 小山隆秀


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