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[コメント] 2017-11-06 16:03

No.126 ふるさとの物語 第29回 「ルリヒラタムシ」~樹皮下に潜んで生活~

ふるさとの物語 第29回 「ルリヒラタムシ」~樹皮下に潜んで生活~

昆虫の体形は,頭部・胸部・腹部に明瞭に大別される.頭部には触角,口器,複眼と単眼等,胸部には脚と翅等,腹部には呼吸器官等が発達している.さらに,その体形は昆虫の各グループによって特有である.種類によっては目を見張るような体形を獲得しているものもある.
鰺ヶ沢町赤石川や十和田市奥入瀬川の上流には豊かな手つかずのブナの原生林が広がっている.多くの倒木や朽木が自然のままで残されている.注意深くブナ林の枯れ木を見て回ると,運が良ければ見慣れない特異な扁平な体形の甲虫が,樹皮が剥がれた樹幹を足早に歩いているのに遭遇することがある,ヒラタムシ科の仲間である.
ヒラタムシ科の甲虫は,名前のように幼虫・成虫とともに多くは他の昆虫には見られない驚くほど扁平な体形で,朽木の樹皮下で生活している種類が多い.ヒラタムシ科には上翅が赤色のベニヒラタムシ,エゾベニヒラタムシ,青藍色のルリヒラタムシや小型のヒメヒラタムシ,ルイスチビヒラタムシなど国内からは約二〇種類ほど知られている.
 ルリヒラタムシの体は黒色で.上翅だけが光沢のない青藍色である.体長も25ミリメートル前後もあり,ヒラタムシ科の中では最大の大型種である.豊かな自然が残されたブナ林などの,高地の落葉広葉樹林に生息する山地性の甲虫である.成虫のままで越冬する.成虫・幼虫ともに樹皮下に潜んでいる昆虫類を補食している.扁平な体は,樹皮下での移動に,更に餌を追跡するのに適している.樹皮下に潜んで生活しやすい体形である.
 北海道から九州にかけて分布するが,生息場所が樹皮下と発見が困難で,全国的に個体数の少ない種類で絶滅危惧種に指定している県もある.青森県では白神山地,八甲田山系などのブナ林で確認されていて,特に危惧種には指定していない.
 本種の扁平な体形は,その生活様式と密に関係している一例でもある.

写真:ブナ林のルリヒラタムシ
※この記事は2017年9月 7日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 山内 智

[コメント] 2017-11-06 16:02

No.125 ふるさとの物語 第28回 「花田陽悟作『渓流の秋』」

ふるさとの物語 第28回 「花田陽悟作『渓流の秋』」

十和田市を流れる奥入瀬川。その渓流は、本県を代表する景勝地の一つである。変化に富む流れ、四季によって鮮やかに姿を変える木々が織りなす風景は、多くの芸術家達を魅了してきた。挑戦の対象となってきた、と言ってもいい。ある県人洋画家は「奥入瀬を描き続けてきたが未だ会心の作がなく、一生取り組んでいきたい」と語った。一筋縄ではいかない相手である。それだけに、多様な描き方があり得る。
花田陽悟氏の描く秋の奥入瀬は、光に満ちたものだ。陽射しが幹に明快なコントラストを投げかけつつ、葉には緩やかな階調を与えている。透明感のある色遣いながら、繊細な彫りは画面に確かな奥行きを生み出している。花田氏は青森県や市の要職を務める傍らで版画制作に取り組んできたが、その作品は決して余技ではなかった。現在も日本板画院の委員として活躍している。
深浦町美術館で開催中の県立郷土館連携展「花田陽悟展-四季の眺め-」(10月22日まで)では34点の作品を展示している。芸術の秋にぜひご覧になってはいかがだろう。

写真:花田陽悟作の木版画「渓流の秋」
※この記事は2017年10月12日付の東奥日報朝刊に掲載しました。
※花田陽悟展は終了しました。

投稿者:学芸課 和山 大輔

[コメント] 2017-11-06 15:59

No.124 ふるさとの物語 第27回 「90年前の航空写真」~青森市街の様子伝える~

ふるさとの物語 第27回 「90年前の航空写真」~青森市街の様子伝える~

この写真は昭和2(1927)年の堤川左岸地域(現堤町付近)を写したもので、写真上方向が北である。右上を斜めに流れる堤川には、河口に近い上から順に当時の石森橋、青柳橋、旭橋が確認できる。
この地域は明治末以降、文教地区として発展した。中央に写る複数棟の建物は、青森県立青森高等女学校と青森県女子師範学校で、現在はここにリンクステーションホール青森(青森市文化会館)が建っている。また、道路を挟んだ右隣が青森県女子師範学校附属小学校と同附属幼稚園で、現在の青森中央郵便局周辺地域である。
一方、左上から斜め下方向に伸びる道路と水路は浦町停車場線(現平和公園通り)で、写真下方向には旧東北本線の浦町停車場があった。この道路は、甚大な被害をもたらした明治43(1910)年の大火の後、火災時の東西延焼を防ぐ防火線として幅約18mに拡張整備されている。
この他、寺山修二がのちに一時期身を寄せた歌舞伎座(左上隅の大きな三角屋根の建物、現モルトン迎賓館の地)や、莨町尋常高等小学校(上端の複数棟の建物、現莨町小学校)なども確認できる。90年前の青森市街の様子を伝える興味深い写真である。

写真:裏面に「昭和弐年弐月四日撮影 航空写真 青森市一部」と記された航空写真(当館蔵)
※この記事は2017年10月 5日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 滝本 敦

[コメント] 2017-11-06 15:57

No.123 ふるさとの物語 第26回 「平川の渡し」~地名に往時の名残~

ふるさとの物語 第26回 「平川の渡し」~地名に往時の名残~

藩政時代、弘前藩の重要幹線であった羽州街道は、藤崎の入り口で平川にぶつかり現在の平川橋(国道7号)のやや下流側に橋と大きな「渡し」があった。「渡し」は比較的流れが穏やかで浅い場所に設けられ、川を歩いて渡る「徒(かち)渡し」や「渡し舟」、そして物流が盛んになるにつれ「橋」が並行して設置されるようになった。当時の平川橋は出水時、杭を残して取り外すという「仮橋」であった。1802(亨和2)年に藤崎を通った伊能忠敬は「沿海日記」に、「藤崎川あり 藤崎村入口六十八間の橋なり…」と記している。また、藤崎を数回訪れている菅江真澄の「錦木」にある図絵「藤崎川橋上眺望」には、欄干と橋の中間に待避所を備えた橋が描かれている。これらのことから橋は比較的大きく立派なつくりであったことやこの地域では平川を藤崎川と呼んでいたことなどがうかがえる。
今では「渡し」の繁華な面影を見ることはできないが、付近の地名「舟場」が往時の名残をとどめている。

写真:菅江真澄の著書「錦木」にある図絵「藤崎川橋上眺望」(大館市立栗盛記念図書館蔵)
※この記事は2017年9月28日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 福士 道太

[コメント] 2017-11-06 15:55

No.122 ふるさとの物語 第25回 「オオバタグルミ」~表面に深く硬いシワ~

ふるさとの物語 第25回 「オオバタグルミ」~表面に深く硬いシワ~

オオバタグルミは、野辺地町一ノ渡地区の野辺地川河床を構成する地層から産出するクルミの殻化石。大型から小型、細長いタイプから丸いタイプまで形態はさまざまあるが、表面に深いシワが刻まれるという特徴をもつ。この深く硬いシワは、ネズミやリスに食べられないようにする役割を果たしていたようである。
日本各地で産出する化石の研究から、オオバタグルミの殻はおよそ110万年前に急速に小型化、表面の平滑化が起こり、現生種のオニグルミへ変化したと考えられている。殻表面が平滑になったことでネズミやリスに食べられるようになり、穴のあいたオニグルミの殻化石もよく見つかる。
リスはクルミを運んで土の中に埋め、あとから掘り出して食べる習性がある。見つけられなかったクルミは芽を出して成長することができ、分布を広げることになる。オオバタグルミからオニグルミへの変化は、分布を広げる方法の変化だったという説もある。

写真:大型で細長いタイプのオオバタグルミ殻化石(高さ5.6cm)
※この記事は2017年9月21日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:学芸課 島口 天


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