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[コメント] 2017-05-01 09:33

No.94 ふるさとの物語(新連載) 第1回「国鳥 キジ」

ふるさとの物語(新連載) 第1回「国鳥 キジ」

 文化は河川、山岳、海洋などの自然環境が基礎をなし発展してきた。青森県は、豊かな自然と優れた文化がたくさん受け継がれている。新連載「ふるさとの物語」では、これら県内のすばらしい自然・文化を、県民からの資料や情報が数多く寄せられ膨大な量が蓄積されている県立郷土館の学芸員らが紹介する。

 日本で最もなじみのある鳥と聞かれ、必ず誰でも挙げるのが、昔話やことわざ、俳句、和歌などに出てくる「キジ」である。
 キジは、河川敷、雑木林、農耕地など明るい草地を好み地上で生活する。県内全域で一年中見られる留鳥として、普通に生息し、岩木川流域の河川敷でもよく見ることができる。方言では「サドキジ(里雉)」とも呼ばれている。1947年、日本鳥学会が日本の国鳥にキジを選出し、日本を代表する野鳥になった。キジは日本固有種と言われており、北海道には放鳥され野生化しているので、青森県が自然分布の北限に当たる。
 さて、キジは雌雄で羽色が異なり、雌より雄が美麗で大変目立つ形態をしている。雄は翼等を除いて体全体が美しい緑黒色を帯び、頭部の羽毛は青緑色、目の周りは皮膚が露出し赤い肉腫状である。繁殖期にはこの肉腫が肥大する。他の鳥には見られない特徴だ。
 つがる市の岩木川の河川敷に入って、突然のけたたましい音に驚かされたことがある。雄は特に縄張りを主張するためか「ケーン、ケーン」と鳴き、さらに両翼を広げて胴体に打ち付けて「ドドドド」と音をたてる。予告無しの登場にビックリすることになる。草の隙間から一瞬見えた赤い頭部がとても印象的であった。飛び去るかと思ったが、何と一気に走って逃げたのである。飛ぶのは苦手だが走るのは得意なキジである。
 キジの肉は古くから料理の食材として使用され、愛鳥週間などには放鳥もされてきた。私たちとは古くから密接な関係をもったキジである。 
※この記事は2017年4月6日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:山内 智

[コメント] 2017-05-01 09:47

No.95 ふるさとの物語 第2回「ニホンリス」

ふるさとの物語 第2回「ニホンリス」

 絵本や童話の動物の代表であるリスには数種類あり、本県にはニホンリスが生息する。リス科に属するが、この科には動物園などで良く飼育されているような北海道に生息する背にしま模様のあるシマリスも含まれるが、別種である。別名ホンドリスとも呼ばれることがある。
 ニホンリスは日本固有種で、本州。四国、九州。淡路島に生息しているが、九州では近年の記録は無く絶滅が危惧されている。体長は20cm前後、尾は15cm前後である。夏と冬では背の毛色が違い夏毛は赤褐色、冬毛は灰褐色。人気のある愛くるしい小型動物である。
 ニホンリスは平地から亜高山の森林を活動の場とする。里山などの松林や杉などで、樹上に樹皮や枯れ枝などを集めて球状の巣を作ることが知られている。昼行性で果実、種子、昆虫等を採餌し貯食する。特にオニグルミを好んで食べるが、クルミを食べるには固い殻を割らなければいけない。まずクルミの縫合沿いに先端から歯で削り、できた隙間に歯を入れてテコの原理で半分に割り、中身を食べる。時間はかかるが、なかなか効率的な方法である。
 県内では、ニホンリスを里山の至る所で見かけることができる。浪岡駅から浪岡川を渡ったところにある花岡公園は、元浪岡町立女鹿沢中学校があったところで、筆者が中学生の時、学校の回りの松の大木の樹幹をニホンリスが行き来していたのを、休み時間に良く探していた。見つけるとなぜか幸せな気持ちになったのを懐かしく思い出す。
 県立郷土館での常設展示観覧時には、ぜひとも自然展示室のニホンリスのジオラマを見て心を和ませていただきたい。

※この記事は2017年4月13日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:山内 智

[コメント] 2017-05-01 09:49

No.96 ふるさとの物語 第3回「カヤの利用(岩木川流域)」

ふるさとの物語 第3回「カヤの利用(岩木川流域)」

 岩木川に沿って下ると、河口に近づくにつれて河川敷一帯はアシガヤの繁茂地である。遠くまで広がる水田の眺めと相まって、その広大な景観に思わず声をあげてしまう。秋から冬にかけてカヤは刈り取られ、今では少なくなったもののカヤ葺き屋根の差しガヤや、雪囲いの材などに利用される。地元にとっては大事な収入源になるようである。
 つがる市富萢では、戦後しばらくまでのことであるが、青年団が地元の共有地のカヤを刈り、中泊町田茂木・芦野に売って活動資金にしたという(青森県史叢書『岩木川流域の民俗』)。田茂木・芦野がカヤの集荷地であり、舟積みして岩木川をさかのぼり、弘前周辺へ出荷したという話もうかがったことがある。川の土手近くにカヤ材の加工工場があり、作業をしていた人の話では、1964年の新潟地震のとき、崩れてしまった重要文化財の土壁を修復するため、最適なカヤ材を探し求めて、結局この工場に注文したという。
 岩木川下流域は木材に乏しい土地柄ではあるが、木材の代わりにカヤを上手に使う生活技術がある。しかもカヤの質の良さは折り紙付きであることを知り感動したことであった。

※この記事は2017年4月20日付の東奥日報朝刊に掲載しました。

投稿者:古川 実


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